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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2835号 判決 1976年4月08日

控訴人 永寿海運株式会社

右代表者代表取締役 望月忠次

右訴訟代理人弁護士 堀口嘉平太

被控訴人 林船舶株式会社

右代表者代表取締役 林米夫

右訴訟代理人弁護士 中川正夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における新たな反訴請求をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

一、控訴代理人は、控訴につき「一、原判決を取り消す。二、静岡地方裁判所富士支部昭和四一年(手ワ)第一二五号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和四二年八月九日に言い渡した手形判決を取り消す。被控訴人の原審昭和四三年(ワ)第一三六号事件の請求(本訴請求という。)を棄却する。三、被控訴人は、控訴人に対し金七〇五万七、一八一円及びこれに対する昭和四三年四月一三日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。四、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、後記当審における新たな反訴請求の各請求原因に基づきいずれも控訴の趣旨三項と同旨の判決を求める旨申し立てた。

被控訴代理人は、控訴につき控訴棄却の判決を、当審における新たな反訴請求につき請求棄却の判決を求めた。

(本訴請求原因)

二、被控訴代理人は、本訴請求原因として次のとおり述べた。

(一)  控訴人は、被控訴人に宛て、別紙手形目録記載1ないし6の約束手形(以下本件手形という。)を各振出日記載の頃振り出し、被控訴人は、これら手形の所持人として手形をそれぞれの満期に支払場所に呈示して支払を求めたところいずれもその支払を拒絶された。

(二)  よって、被控訴人は、控訴人に対し前記手形金合計金二四九万三、五〇二円及び各手形に対する各満期の翌日から支払済まで年六分の割合による法定利息の支払を求める。

(本訴請求原因に対する答弁及び抗弁)

三、控訴代理人は、本訴請求原因事実を全部認め、抗弁として次のとおり述べた。

(一)  本件手形は、控訴人が被控訴人から昭和三九年四月一四日別紙物件目録記載の船舶(以下本件船舶という。)を金一、八〇〇万円で買い受け(以下本件売買契約という。)、同月二七日本件船舶の引渡を受けた際残代金弁済のため振り出したものである。

(二)  ところで、本件船舶は、その後控訴人のため就航中二度にわたって破損事故を起したうえ、昭和四一年七月一六日夜、静岡県下田市石廊崎間を航行中船底に亀裂等を生じて航行不能となった(以下本件事故という。その詳細は別紙本件事故内訳表のとおり。)。

(三)  この事故の原因は、本件売買契約締結以前から存した後記欠陥に因るものであった。すなわち、本件船舶は、もと総噸数二六一・三一噸、純噸数一三一・九六噸として昭和三四年中に建造され、その後昭和三六年七月頃に船体延長のため総噸数を二九〇・四三噸、純噸数を一六五・八七噸に改造し、船体を六メートル程延長(以下本件改造工事という。)したものであるが右工事は所轄の中国海運局の許可も得ず、運輸省令による小型鋼船構造基準にも基づかずに施行され、右海運局の正式の検査も経ていない違法工事であって、右工事に因り、本件船舶は、その構造上堪航性を欠くという欠陥を有したのである。

(四)  控訴人は、本件事故によって、別紙損害内訳表記載の損害を受けた。

(五)  右欠陥は、船舶の専門技術士に鑑定を求めた結果、昭和四一年八月八日頃初めて判明したものであり(本件船舶の船舶検査手帳は、本件売買契約当時から右瑕疵判明の時点までの間法令に基づき封緘され、係員以外による開披は禁止されており、内容を知る由もなかった。)、控訴人において取引上通常必要とされる注意を払っても知ることができないことが明らかであるから、民法五七〇条にいう隠れたる瑕疵に該当する。

(六)  よって、被控訴人は控訴人に対し、前記法条により準用される民法五六六条一項後段所定の損害賠償責任として、別紙損害内訳表記載の損害金合計額七〇五万七、一八一円を支払うべき義務を負うというべきであるから、控訴人は、昭和四二年七月一八日の本件口頭弁論期日において、被控訴人に対し、右損害賠償請求権をもって、被控訴人の本訴債権とその対当額につき相殺する旨の意思表示をした。

(七)  仮に、右抗弁に理由がないとしても、本件売買契約における控訴人の買受の意思表示は、錯誤により無効である。すなわち、控訴人は、本件船舶を前記のような瑕疵のない船舶と信じて買い受け、かつ、このことは右契約締結の際明示又は黙示的に買受の前提要件とされていたところ、後になって本件船舶に前記のような瑕疵があることが判明した。従って、控訴人の右買受の意思表示は、その重要な部分に右に述べたような錯誤があるから無効である。

ところで、控訴人は、本件売買契約による代金支払債務として、本件船舶の引渡までに金一、〇〇〇万円を支払った。然るに、前記理由により右契約は無効であるから、控訴人は被控訴人に対し右金員を返還すべきことを請求する権利を有する。

仮に、右主張に理由がないとしても、被控訴人は、控訴人に対し、本件売買契約における売主の義務の履行として、契約の本旨に反して前記瑕疵を有する船舶の所有権を移転し、それがため前記損害を蒙むるに至らしめたのである。従って、控訴人は、被控訴人に対し債務不履行を原因として、別紙損害内訳表記載の損害賠償金を請求する権利を有する。

(八)  仮に、右主張に理由がないとしても、被控訴人は、故意又は過失により、控訴人に対し、本件船舶を前記瑕疵があるのに、これがないものとして売り渡し、よって、前記損害を蒙らせるに至ったものであるから、控訴人に対し、右不法行為に基づく損害賠償債務として別紙損害内訳表記載の金員を支払うべき義務がある。

(九)  そこで、控訴人は、昭和五〇年四月二二日の本件口頭弁論期日に、(七)及び(八)項記載の金銭債権のうちいずれかをもって、被控訴人の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(抗弁に対する認否及び再抗弁)

四、被控訴代理人は、抗弁に対する認否として「本件船舶につき控訴人主張のとおり売買契約が締結され、本件手形は、その代金の一部を弁済するために振り出されたものであること、本件船舶は本件売買契約締結前に本件改造工事が施されていたこと、本件船舶は昭和三九年四月二七日約旨に基づき控訴人に引き渡されたこと及び本件船舶の船舶検査手帳は、本件船舶引渡に際し控訴人に交付されたが、所轄の海運局によって封緘されており、本件事故発生時までの間、係官による外は開披が禁ぜられていたことは認めるが、その余の事実は全部争う。」と述べ、再抗弁として、「仮に、本件船舶に隠れた瑕疵があったとしても、本件売買契約には売主の瑕疵担保責任を排除する旨の特約が付されていた。仮に、右特約の存在が認められないとしても、本件売買契約は、いずれも株式会社であって商法上の商人というべき控訴人と被控訴人との間の売買であるから、商法五二六条一項後段によれば目的物件につき直ちに発見できない瑕疵がある場合においても、買主である控訴人が六ヶ月以内に売主に対しその旨通知しない時は、民法所定の瑕疵担保責任は消滅すると解すべきところ、控訴人は、前記瑕疵の通知を所定の期間内にしなかった。」と述べた。

(再抗弁に対する認否及び再再抗弁)

五、控訴代理人は、再抗弁に対する認否として、「再抗弁事実中、本件売買契約が商人間の売買であることは争わないがその余は否認する。控訴人は、前記のとおり本件船舶につき瑕疵を発見するや直ちに(昭和四一年八月二七日付内容証明郵便により)被控訴人に対し右瑕疵を通知した。」と述べ、再再抗弁として、「仮に、再抗弁事実が認められるとしても、被控訴人は、本件船舶につき前記瑕疵のあることを知っていたものである。」と述べた。

(再々抗弁に対する認否)

六、被控訴代理人は、再々抗弁事実を否認すると述べた。

(反訴請求原因及び当審における新たな反訴請求の原因)

七、控訴代理人は、反訴請求原因として、三項の(二)ないし(六)記載のとおり(但し、本件手形の振出及び相殺の意思表示に関する部分を除く。)述べ、「よって、控訴人は被控訴人に対し、前記損害金相当額及びこれに対する昭和四三年四月一三日から支払済まで商法所定年六分の割合による損害金の支払を求める。」と付陳し、当審における新たな反訴請求の原因として予備的に三項の(二)ないし(四)、(七)及び(八)記載のとおり述べ、「よって、前記金員(但し、錯誤を理由とする不当利得返還請求については、金額を前記金員の範囲に限定する。)及びこれに対する本件反訴状が被控訴人に送達された日の翌日である昭和四三年四月一三日から商法所定年六分(但し、不法行為に基づく損害賠償請求に関しては民法所定年五分)の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べた。

(反訴請求原因に対する答弁及び抗弁)

八、被控訴代理人は、反訴請求原因事実に対する認否及び抗弁として前四項記載のとおり(但し、再抗弁とあるのを抗弁と改める。)述べた。

(抗弁事実に対する認否及び再抗弁)

九、控訴代理人は、抗弁事実に対する認否及び再抗弁として前五項記載のとおり(但し、再々抗弁とあるのを再抗弁と改める。)述べた。

(再抗弁事実に対する認否)

十、被控訴代理人は、再抗弁事実を否認した。

≪証拠関係省略≫

理由

(本訴請求に対する判断)

一、被控訴人主張の本訴請求原因事実につき当事者間に争いがない。

そこで控訴人主張の各抗弁につき考えるに、これらはいずれも本件船舶が本件売買契約締結当時船舶安全法所定の手続を経ることなく船体延長工事を施され、かつ、所轄海運局による適式の船体検査を受けていないため、運輸省令小型鋼船構造基準に合致せず、堪航性を欠く瑕疵があったということを前提とするものである。

然しながら、≪証拠省略≫を総合すると、本件改造工事に関しては、昭和三六年六月頃中国海運局によって船舶安全法に基づく臨時検査又はこれに代わるべき中間検査が実施され、本件船舶は右検査に合格したことが推認される(≪証拠判断省略≫)。

そうとすれば、他に特段の事情の認められない本件においては、本件船舶が所定の検査基準にも合致し、堪航性を有することを公認されたものと解するのが相当である。

もっとも、≪証拠省略≫中には、本件事故は、本件改造工事の瑕疵によって生じた旨の記載又は供述部分があるが、≪証拠省略≫によれば、控訴人主張のような事故は、所謂ウォーター・ハンマー現象や操船の不手際またはこれらの競合によっても生じうることが窺われるうえ、≪証拠省略≫によると、本件船舶は、前記改造後昭和三九年四月まで三年間にわたり、特別の故障もなく石炭輸送のため就航し、その後控訴人の所有となってから、砂利運搬という荒仕事に切り替えられ、その保守管理も十分でなかったに拘らず、なお、一年間は、事故もなく稼働したことが認められること及び≪証拠省略≫は、前記因果関係を肯定する根拠の説明が不十分であるばかりでなく、本件事故の発生原因として考察すべき、他の要因に対する顧慮が示されていないことに鑑みると、俄かに採用できない。

また、≪証拠省略≫中には、本件改造工事は、鋼船構造規程(昭和一五年四月二四日逓信省令第二四号)に違反している旨の供述部分があるが、これは、乙第二三号証の一ないし三の各二(これらは、弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認める。)の各設計図のみによって本件船舶の構造を判断するものであるところ、本件改造工事が右設計図のまま施行されたに過ぎないことを証明するに足りる資料はない。従って前記供述部分は俄かに採用することをえない。仮に、右工事に前記規程に違反する部分があったとしても、この点に関する≪証拠省略≫は具体性を欠き、瑕疵の部位程度を明確にしないからこれをもって本件船舶の堪航性を否定することはできない。

仮に、控訴人の主張する瑕疵が認められるとしても、後記理由により控訴人の各抗弁は、採用することができない。

すなわち、≪証拠省略≫を総合すると控訴会社代表者望月忠次は、昭和三九年四月当時既に二〇年余にわたり、海員として甲板及び機関勤務の経験を積んだ海事の専門家であったこと、本件売買契約締結に際しては、本件船舶が船体延長工事を施された事実が控訴会社側に伝えられたこと、望月忠次と、望月柳造(控訴会社の幹部で忠次とほぼ同様の海事関係の経歴を有する。)とが、仲介人咲本清一の案内で昭和三九年二月末頃江の浦沖に碇泊中の本件船舶を下見に行ったがその際同人らは、船を桟橋から望見しただけで乗船の上点検することもないままほぼ、買受の意向を固めたこと、その後船舶検査手帳の存在は確めたものの、本件改造工事の詳細に関し、監督官庁や工事を施行した造船所等に赴き又は照会して調査する労を省いてこれを買い受ける意思表示をしたこと、本件売買契約の内容として、船は現状有姿のまま引き渡すべく、引渡の時までに生じた損害は売主において負担するも、引渡後生じた損害は、原則として売主の負担とはならない旨のおおよその含みがあったこと(船舶売買契約書の第六項参照)、本件売買契約における売買代金は、金二、八〇〇万円であるうえ、弁済方法は、通常中古船の場合即時現金払であるべきところ、控訴会社の懇請により、引渡時までに一、〇〇〇万円を支払い、残金は本件各手形の満期の日に手形金を支払うことによって弁済するという買主に有利な方法がとられたうえ、本件船舶を被控訴人が本件改造工事直後の昭和三六年六月に買い受けたときの代金二、八〇〇万円に比較すると、前記売買代金一、八〇〇万円は(鋼船の償却年数を一五年とした場合)格安であるといわなければならないこと及び被控訴会社としては、改造工事の内容、船の現状、性能、材質等につき特に保証するような言動はしなかったことを認定しえ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実関係によれば、控訴会社は、本件売買契約締結に際しては、船舶検査手帳の存在に重きを置き、これさえあれば船の堪航性は問題ないと考え、仮に、買受後故障が生じても(価格が比較的低廉であり、支払条件も買主に有利なところから買受後一両年後に契約の目的を達することができないような重大な瑕疵でも現れない限り、)、自己の負担において修理するという趣旨でこれを買い受けたものであると解するのが相当である。

そうとすれば、控訴人が主張する程度の瑕疵は、本件売買契約締結に当り、少くとも未必的に予見されていたというべきであるから、仮にその存在が肯認されたとしても、民法五七〇条にいう「隠れたる瑕疵」ということはできず、また、右契約締結に当って控訴人側の意思表示に要素の錯誤があっことを認める余地もないことが明らかである。

更に、前掲当事者間に争いのない事実によれば、本件売買契約は、特定物の売買に関するものであり目的物件の引渡も終了している。そしてこれら事実と前認定の事実関係とを併せ考えれば、右取引において被控訴人側に債務不履行(不完全履行)又は不法行為があったとすることはできず、他にこれに該当する事実を認めるに足りる証拠もない。

以上によれば、控訴人の前記各抗弁は理由がないから、控訴人は、被控訴人に対し本件各約束手形金及びこれらに対する各満期の翌日から支払済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払をなすべき義務があるというべく、控訴人に対し右義務の履行を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。

(原審における反訴請求及び当審における新たな請求に対する判断)

二、控訴人の原審における反訴請求及び当審における新たな反訴請求の各請求原因は、前記各相殺の抗弁における自働債権の発生原因に関する主張事実と同一であるから控訴人の右各反訴請求の理由ないことは、前項の説示によって自から明らかである。

(結論)

三、以上の次第であるから、被控訴人の本訴請求を認容した静岡地方裁判所富士支部昭和四一年(手ワ)第一二五号約束手形金請求事件手形判決を認可し、控訴人の被控訴人に対する原審における反訴請求を棄却した原判決は、相当で本件控訴は理由がないから棄却し、控訴人の被控訴人に対する当審における新たな反訴請求は、いずれも理由がないから棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法九五条及び八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 太田豊)

<以下省略>

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